はじめに
・決算書サマリーでは見えなかった、
IBMの隠された真実を解き明かしていきます。
【ここに注目】
①なぜ、サービス部門を別会社として切り離したのか
②なぜ、レッドハットを買収したのか
・決算書と比較しやすいように、1ドル=100円として記載しています。
どんな会社?
【社歴など】 ・1991年:設立 ・1960年代~1990年代:コンピューター市場で世界を席巻し、 時価総額でトップとなったことも ・2005年:レノボPC事業を売却 ・2019年:レッドハットを3兆4,000億円で買収 ・2021年:サービス部門をキリンドルとして分割。
【事業ポートフォリオ】 2022年より、①ソフトウェア②コンサルティング③インフラストラクチャーの新事業ポートフォリオとなっている。③のインフラストラクチャー事業は、「ハイブリッドクラウド」というサービスを展開している。これはパブリッククラウドと、従来の社内システム(オンプレミス)や自社運用のクラウドを組み合わせるようにシステムを構築するサービスとなっている(詳細は後述)。
キリンドル分割の概要
2021年11月に、1兆9,000億円の売り上げがあったマネージド・インフラストラクチャー・サービス事業をキリンドルとして分割(別会社へ)した。IBMの全社売上の1/4を占めていた事業を分割するのには、かなりの決断が必要と思われるが、なぜこのような決定となったのか。
そもそも、マネージド・インフラストラクチャー・サービス事業とは何だったのか。名前を見てもよく分からない事業であるが、基本的にはサービス(サポート/改善のための人の派遣)を提供していた事業である。これは、複数のシステムを統合するサポートをしたり、SE(システムの専門家)を会社に送り込むようなサービスを提供するものであった。
この事業の成り立ちは、メインフレームなど主たるシステムでIBMの製品を購入したら、SEを派遣するという無料サービスを提供したことだった。IBMのSE担当者がサポートするのであれば、IBMの製品を使ってくださいとなるところ、昔はIBMの一強で、ほとんどがIBM製品であったため問題がなかった。これが今日に至っては、クラウドサーバーやシステムも他社製品も多い中、IBMクラウドやIBMのシステムを使ってくださいとなると、お客様のニーズに十分応えられないという矛盾が生じていた。
分割前はIBMからキリンドルへの製品販売は事業部間のやり取りであったため、社内価格で売上を計上していたが、分割後は一般の顧客と同様の価格でキリンドルへ販売しているため、利益率が改善している。この点、システム(製品)を提供し、その運用サポートやシステム構築サービスを提供していると、製品かサービスのどちらかで大きな値引きを要求されることも多かったのではないかと推測される。
IBMは、成長が鈍化し、さらに利益率が悪かったサービス部門を切り離し、成長可能性があるAIやクラウドに注力するために、キリンドルを分割することになった。なお、キリンドルにとっても、IBM以外の製品を積極的に取り扱うことができるようになったため、IBMとキリンドル双方にとって良い分割だったと思われる。
キリンドル分割の効果
分割によってどのような効果が出たのか見てみよう。2021年に公表された2021/2Q決算は、キリンドル社の売上についても合計されているが、2022年に公表された2022/2Q決算に載っている2021/2Qの数字はキリンドル社の売上などが控除された数字である。この同時期の2021/2Qを、分割前と分割後で比較すると分かりやすい。
半期分の比較の結果は、売上は3兆6,474億円から2兆9,732億円と6,742億円減少し、18.4%減少していることになる。注目して欲しい点は、売上総利益率で、分割前の202/2Q:46.6%から分割後の2021/2Q:54.3%へと大幅に改善している。つまり、IBMは不採算部門の切り離しに成功したことが分かる。
次に、2021年と2022年の数値を比較してみる。IBMの売上はここ数年横ばいであったが、下図のように2021年が2兆7,405億円、2022年が2兆9,732億円と8.5%の成長を遂げており、成長が再開したことが伺える。クラウドとAIに注力していく方針の結果が、徐々にではあるが成果が出てきた形だ。
レッドハット買収の理由と強さの真髄
IBMは2019年にレッドハットを3兆4,000億円で買収しており、これはIBM史上最大のM&Aであった。
現在のデータセンターはクラウドを活用することが一般的であり、AmazonのAWS、MicrosoftのAzureといったパブリッククラウドが利用されている。ただし、パブリッククラウドを利用する場合、クラウドベースでのデータの高速処理の遅延や他社クラウド上で情報を管理するセキュリティ上の問題で、従来の社内システム(オンプレミス)や自社運用のクラウドも組み合わせて使いたいという顧客の要望は根強い。この要望に応えるサービスがハイブリッドクラウドと言われるもので、レッドハットはハイブリッドクラウドを可能にする製品で優位性を持つ会社であった。
IBMクラウドはデータセンター分野では5番手以降と出遅れている。これは、企業がクラウドへと転換しているなか、メインフレームを主とした旧式のITシステム(いわゆるレガシーシステム)で⾼いシェアを誇っていたため、IBMの方針転換が遅れたことが原因であった。この点、IBMは強かったレガシーシステムを活かしつつ、クラウドも利用するというハイブリッドクラウドで、独自の発展を遂げようとしている。このハイブリッドクラウドを成長させるために、技術を有しているレッドハットを買収した。大きく出遅れてしまったIBMクラウドが巻き返しを図れるかがポイントである。
インフラストラクチャー事業のうち、ハイブリッドクラウドのみに着目すると、2022/2Q(4-6月)の3か月だけで、2,760億円を売り上げており、前年同期比で34.0%増加している。3Qの数字も楽しみである。 ・なお、レッドハットはハイブリッドクラウドだけではなく、オープンソース・ソフトウェアの分野でも強い。まだまだ発展途上の分野であるが、もう少ししたら深掘りできる日が来るだろう。(詳しくは、「What is open source software?」-「IBM」で検索してみると良いだろう。)
配当貴族指数銘柄
優良銘柄で構成されるS&P500のうち、増配を継続している銘柄のみで構成される配当貴族指数に、IBMは組み入れられている。しかも、配当利回りは、寄稿時点で5.1%(株価128ドル、年間配当6.6ドル)となっており、配当利回率は配当貴族指数構成銘柄の中でもトップ層である。なお、配当に自信を持っているを思われる点がある。それは、IBMのホームページに「Dividends(配当)」という項目があり、過去の配当の記録が全て記載されていることである。
他の企業を比較してもらえれば分かるが、米国株で高配当の銘柄は、成長は鈍化しているが安定企業であり、営業キャッシュ・フローが潤沢なため、高い配当を出している企業という特徴がある。一方で成長が継続している会社は配当を出すより、新たな事業へ再投資することが株主から求められるため、成長企業は一般的には配当を出さない。
旧来のIBMでいうと、連続増配という銘柄で満足であったが、上記のように今後10%程度の成長が見込まれるのであれば、高配当+増配+成長となる。これにより、IBM株を購入しないという選択肢を見つけるのが難しそうだ。正直、IBMはレガシーから抜け出せていない印象しかなく、個別銘柄として保有するという考えはなかったが、この分析で考えが変わった。今後が楽しみな銘柄である。
懸念点は、配当に関して増配するということが至上命題になっているようにも思える。この点、キャッシュ・フローを見てみると、2022/2Qの3か月の営業キャッシュ・フローが1,321億円に対して、配当の支払いが1,488億円と、営業キャッシュ・フローと同等以上の金額を配当で支払っている。このように営業キャッシュ・フローの金額を超えて配当を支払っている場合は、注意が必要だ。 2022/3Qの営業キャッシュ・フローが1,901億円に対して、配当の支払いが1,491億円と若干改善している。
念のため、2022/1Q~3Qの合計で見てみると、営業キャッシュ・フローが6,470億円に対して、配当の支払いが4,454億円となっているため、3Q(9か月)合計で検討すると、配当の支払いを無理に行っているとは言えない。ただし、年間決算が出た時点で営業キャッシュ・フローと支払配当金のバランスをチェックすることを勧める。
2000年に入ってからの配当の推移をまとめてみた。綺麗に増配していることが分かる。
おまけ
自己株式の取得を進めており、株主還元に余念がない。ただし、自己株式の合計金額が16兆9,522億円となっており、累積利益の15兆3,298億円を超えているのが少し気になる点である。
おわりに
- 最後まで、お読みいただきありがとうございます!
- この点をもう少し詳しく解説して欲しい、解説して欲しい他の会社などありましたら、お気軽コメントください。お待ちしています。
- 個別銘柄の記載がございますが、投資は自己責任でお願いいたします。
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